「聖バレンタインデーの虐殺」シュガー・レイ・ロビンソンVSジェイク・ラモッタ

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シュガー・レイ・ロビンソン(Sugar Ray Robinson、1921年5月3日 – 1989年4月12日)は、アメリカ合衆国の男性プロボクサー。本名はウォーカー・スミス・ジュニア(Walker Smith Jr.)。ミシガン州デトロイト出身。元世界ミドル級および世界ウェルター級チャンピオン。
多くの評論家やファンが、全階級を通じて史上最高のボクサーと認める「オールタイム・パウンド・フォー・パウンド」。日本のボクシング批評においては「拳聖」と称される。
アマ戦績は85戦85勝、69KO勝ち。そのうち初回KOは40を数えた

1940年代半ばにおいて、すでに現代のボクシング技術と比しても遜色のない、リズミカルなフットワークやジャブ、左フックのダブル・トリプルコンビネーションなどを当然のように駆使した技術的先進性。モハメド・アリやシュガー・レイ・レナードの先駆けともいえる華やかなボクシングスタイルとスター性。そして同時代を生きた強豪とことごとくグローブを交え、そのほとんどを打ち破り、歴史に残る数々の名勝負、芸術的ノックアウトシーンを実現した圧倒的実力。いずれをとっても史上屈指の万能な存在であり、前述のアリやレナードをはじめ、後世の名選手達に多大な影響を与えた。

ミドル級において成し遂げた同一階級での世界王座5度獲得は、階級や統括団体が増加した21世紀のボクシング界においても並ぶ者がない大記録である。

1951年2月14日、シカゴにて、宿敵ジェイク・ラモッタが保持するNBA(全米ボクシング協会=後のWBA)認定の世界ミドル級王座に挑戦。13回TKO勝ちで王座獲得。自らが保持するペンシルベニア州認定王座との統一を果たし、二階級制覇を達成した。ロビンソン対ラモッタ、実に6度目にして最後の対戦は、映画「レイジング・ブル」にも描かれたとおりの壮絶な死闘となり、試合の日時と場所から、1929年に起こったギャングの抗争事件になぞらえて「聖バレンタインデーの虐殺」と呼ばれた。

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